世界遺産・三千院は京都を代表するあじさいの名所です。例年、あじさいが見頃を迎える6月中旬から7月上旬まで「三千院あじさい祭」が開催され、多くの観光客で賑わいます。今年の「三千院あじさい祭」は7月9日(日)まで開催予定です。

今回は、三千院で見頃を迎えたあじさいと、その花が象徴する「変化」について考えたことを綴ってみたいと思います。

三千院とは

三千院は、京都市左京区大原にある天台宗の寺院です。その歴史は古く、およそ1200年前に最澄が大原の地にお堂を創建したことに始まります。四季折々の景色がとても美しく、なかでも、境内が紅葉に染まる秋、そして青もみじと苔むした庭園が瑞々しく光る今の季節が特に印象的な場所です。

三千院を創建した最澄といえば、日本仏教の母山とも呼ばれる比叡山延暦寺を開いた人物でもあります。若き日の親鸞聖人も比叡山で仏教を学んでいました。そんな歴史深いゆかりもある三千院の奥の院には、約1,000株のあじさいが咲くあじさい苑が広がっています。

様々に変化するあじさいの色

三千院のあじさい苑に咲いているあじさいの花

初夏の日本の風景を彩るあじさい。そのぽっこりとふくらんだシルエットや、淡いグラデーションがかわいいですよね。

あじさいの花の色は、育つ土壌との化学反応によって変わることで知られています。一般的には、土がアルカリ性だとピンク色、酸性だと青色になります。また、咲き始めの頃の淡い黄緑色から徐々に色が変化していく様子も魅力的です。

ここでひとつ、あじさいの花の色の変化について詠んだ俳句をご紹介させてください。

あじさいの花は「変化」の象徴

三千院に咲くまだ若々しいあじさい

明治時代の俳人・正岡子規はあじさいについて、このような歌を残しています。

紫陽花や きのふの誠 けふの嘘
(あじさいや きのうのまこと きょうのうそ)

子規全集 第二十一巻

この歌は、あじさいの色の移り変わりと、移ろいやすい人の心の儚さを表現していると解釈されています。

この歴史ある寺院であじさいの花を眺めていると、私の頭の中には自然と「諸行無常」という言葉が浮かんできました。変わらないものはないという不変の事実は、ときに儚さや寂しさと共に語られるものかもしれません。

しかし一方で、柔軟に変化できることはその人の強みにもなり得ます。特に変化のスピードが早い昨今の社会では、常に柔軟に自分自身を変化させ可能性を追求する姿勢こそが「強く生きる力」ではないかと感じることもあります。新しく何かを始めるとき、「生まれ変わったような気持ちで」と心新たな心情を表現することもあるでしょう。「変化」を前向きに捉えた良い例です。

あじさいの花言葉はいくつもありますが、その1つは「無常」。そしてもう1つは「七変化」です。「変化」をどのように捉えるか、何が正解ということもありませんが、1つの花に様々なイメージが添えられていることが、とても面白いなと思っています。

いつの日も変わらない「わらべ地蔵」が見守るもの

こけをかぶりながらも穏やかに空を眺めるお地蔵さま

さて、三千院の境内には小さなお地蔵さま・わらべ地蔵が数多く点在しています。変化の多い日常、色が変わっていくあじさいの花、そんな移ろいゆくものをいつも変わらぬ表情で見守るわらべ地蔵に、私は不思議と安心感を覚えました。苔をかぶってもなお、にっこりとほほえむ表情は、私たちに大切なことを語りかけてくれているような気もします。

そして、何かを拝み、心のより所としたい人々の信仰心の現れでしょうか。わらべ地蔵のまわりには、たくさんの小石が積み上げられていました。いくら諸行無常が世の常だといっても、変わらない願いや祈りが確かにある。そのことを肌で感じながら、私も静かに手を合わせ、三千院を後にしたのでした。

わらべ地蔵の近くに積まれた小石

わらべ地蔵のまわりに積み上げられた小石

本日も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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京都大原三千院

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ライター:間宮まさかず

京都市在住。妻、7歳の娘、5歳の息子と暮らしています。

京都の寺社仏閣の紹介や、暮らしの中で大切にしたい想いなどを綴っていきたいと思っています。