今年の立夏は5月5日。暦の上では夏を迎えました。
夏と言っても初夏ですから、入梅後とは違って木陰に入れば涼しさを感じますね。
善了寺の境内はやわらかい緑に覆われ、心地良い風が吹いています。

この時期を歌う唱歌があります。
「夏は来ぬ」。

今でこそ、初夏の情景が浮かぶいい歌だなと思うのですが、私は初め意味が分かりませんでした。今日はこの「夏は来ぬ」の1番を紐解いていきます。

「夏は来ぬ」をどう読むか

まず私は歌の題名からつまずきました。
「なつはこぬ」と読んだのです。なかなか夏が来ないという意味だと思っていました。
正しくは「なつはきぬ」でした。この「ぬ」に否定の意味はありません。古語の「ぬ」には完了の助動詞の意味もあります。現代語訳をすると「夏は来た」になります。

「夏は来ぬ」は明治29年(1896年)、「新編教育唱歌集(第五集)」にて発表されました。作詞者である佐々木信綱(明治5年~昭和38年)は国文学者であり、万葉集の研究で有名な方でした。そのため、古典で習うような言葉づかいになっているのだと思われます。

卯の花って何の花?

卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ホトトギス) 早も来鳴きて
忍音もらす 夏は来ぬ

うのはなの におうかきねに
ほととぎす はやもきなきて
しのびねもらす なつはきぬ

続いて歌詞です。食いしん坊の私は「卯の花」と言われて真っ先に浮かんだのが、炒り煮にしたおからの料理でした。

今は卯の花が食卓に上る家庭も減っているかもしれませんね。素朴な和食です。垣根からおいしい匂いが・・・。何かがおかしい??

 

違いました。この歌詞にある卯の花はこちら。ウツギの花。

初夏にかわいらしい白い花を咲かせる木で、里山に自生していたり、公園や庭木として植わっていることもあります。旧暦4月(卯月)頃に咲くので卯月の花から転じて「卯の花」になったそうです。「卯の花」は初夏の季語でもあります。

さらに意味を補足しますと、「卯の花が匂う」とは古語表現では「美しく咲いている様子が見える」の意味だそうです。現代語で「匂う」というと嗅覚ですが、古語では視覚を意味していいるんですね。

ホトトギスの忍音とは?

この歌で「忍音(しのびね)」という言葉を初めて知りました。
旧暦4月に鳴くホトトギスの声を忍音というそうです。
平安時代、ホトトギスは旧暦5月に鳴く鳥とされていたそうです。けれど自然界は暦通りとばかりはいきません。当然それより早く鳴き始めるホトトギスもいたわけです。それを人間目線で「忍び鳴いている」と表現したようです。鳥が人の暦に義理立てて遠慮がちに鳴くわけもないので、きっとよく響く声で鳴いていたでしょう。

 

日本の原風景

「夏は来ぬ」の短い歌詞の中に知らない言葉や表現がたくさん詰まっていました。今回は1番のみ取り上げましたが本来は5番まであり、初夏の自然や農村風景を歌っています。

約100年前、明治期の子どもにはこの歌詞が馴染み深いものだったのでしょうか。今の私には、言語表現としても風物詩としても、日常から切り離された物語の中の一コマのように感じられます。その景色の中に自分の原体験がないのが、ちょっと寂しい気がしました。

 

参考
世界の民謡・童謡
https://www.worldfolksong.com/songbook/japan/natsuhakinu.htm
きごさい歳時記
https://kigosai.sub.jp/
うたことば歳時記 https://blog.goo.ne.jp/mayanmilk3/e/b4e9c0fa2c50abe38165e9dfa9a85561

 

 

寄稿者 ほりえりえこ
湘南在住。小学生の娘と暮らしてます。今を大切に。日々のなぜ、なに、どうしてを大切に。心が動いたこと、子どもに伝えたいことを書いています