江戸時代の庶民の住まいといえば、長屋。みなさんは長屋と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?狭い?煩わしい共同生活?プライバシーを重んじる現代社会から見ると確かにそういった一面もあるかもしれませんが、江戸の人びとは意外にも長屋生活を楽しんでいたようです。くすっと笑えて温かい、江戸時代の長屋生活をちょっとのぞいてみましょう。

開放的なトイレはおおらかな江戸っ子らしい!?

木造平屋建ての家を板で数戸に仕切った長屋には、若者や老人の単身世帯、子どもを抱える家族などのさまざまな人が暮らしていました。それぞれの大きさは4畳半の部屋に1畳半の台所と土間がついた9尺2間(3.6m×2.7m)が主流。たったひとつの部屋で寝て、ご飯を食べ、そして内職の仕事もこなしていました。

風呂は銭湯に通い、トイレは男女共同です。このトイレですが、驚くことに扉が下半分だけというなんとも開放的な和式スタイル。使用中、座っていても頭が丸見えの状態です。「さぞかし不便だったろう」と当時の女性たちを案じてしまいますが、もしかすると江戸っ子は今よりもずっとおおらかだったのかもしれません。江戸っ子らしいあっけらかんとした気質もこのへんに秘密があるのかもしれませんね。

貧しくともユーモアたっぷりに生きる人びと

長屋は薄い板で仕切られただけなので、お隣さんの会話や音も筒抜けでした。夫婦げんかや家庭内のいざこざ、さらには夫婦の営みだってお隣さんはすべてお見通し。ヒートアップした夫婦げんかの仲裁にお隣さんが割って入ったり、人生経験の豊かな大人たちが悩める若者の相談にのったりするのも日常茶飯事です。

「椀と箸持って来やれと壁をぶち」という川柳があります。ある日のご飯時、薄い壁の向こうで隣人の腹の虫が鳴るのが聞こえたような……。きっと食べる物がなくて腹を空かしているのだろうと察し、「今日はこっちで一緒にご飯を食べよう」と壁を叩いて誘っている様子を詠ったものです。当時、江戸に住む大半の庶民は財産を持たず、貧しい経済状態にありました。そのため、長屋の住人同士は家族のように強く結びつき、困った時には助け合うのが当たり前。貧しくとも悲観的にならず、「お椀と箸くらいは自分の家から持って来いよ」なんて明るく言いながら、ユーモアたっぷりに生きていた彼らの姿が目に浮かびます。

井戸端で弾む主婦たちの会話

長屋の各戸には水道がなかったので、主婦たちは、炊事や洗濯のたびに共同の井戸を使っていました。「井戸端へ人の噂を汲みにいき」「夕立に取り込んでやる隣の子」という川柳は、当時の様子を見事に表しています。

 

水を汲みにいったのか、はたまた世間話や噂話をしにいったのか——。それも忘れてしまうくらいにおしゃべりに花を咲かせる主婦たち。そこへ突然の夕立がやってきます。洗濯物を取りこむために走る主婦の一人が、 長屋のはずれで遊んでいる隣の子を見つけます。洗濯物より前に、子どもを家に取りこむといったこともしばしば。井戸端は共同の水源であると同時に社交場としての役割を果たし、そこからこんな心温かな光景がたくさん生まれていたようです。

長屋の良さを現代に生かす

人との関わりが希薄になりつつある現代社会で、昨今このような長屋の良さが見直され、若者や年配の方の間で長屋が注目を集めています。家の中心にキッチンやリビングなどの共同スペースを設け、入居者同士が顔を合わせながら生活するスタイルです。板ではなく壁で仕切った個室でプライバシーを確保しながら、長屋らしいコミュニティを楽しむ「現代版長屋生活」といったところでしょうか。時にはおせっかいかもしれないけれど、「向こう三軒両隣」という長屋の暮らし方。もしかしたら、私たちが江戸っ子の長屋の暮らし方に学ぶ部分も多いのかもしれませんね。

こちらの「江戸の長屋」の記事もご覧ください