江戸時代、庶民の娯楽として人気を集めた落語。落語家は身ぶりと手ぶりだけで、笑いあり涙ありの江戸っ子たちの生活を滑稽に語り、観客をおおいに惹きつけました。最盛期には江戸市内だけで200軒以上の寄席が軒を連ねたとも言われています。今回は、人情話の古典作品「文七元結」のストーリーを追いながら、江戸っ子らしい人情味に触れてみましょう。さて、厚い人情話の「オチ」はいかに?

娘と引き換えに借りた大金で他人を助ける主人公

落語「文七元結」の主人公は、左官の長兵衛。腕のいい職人なのですが、無類の博打好き。「宵越しの金は持たない」という典型的な江戸っ子で、稼いだ金はすべて博打につぎ込んでしまって家計はいつも火の車です。年の瀬が迫ったある日、博打で丸裸にされて家に帰ると、17歳になる娘のお久が行方不明に……。なんと、自分の身を売って両親を助けたいと吉原の遊郭に駆け込んでいたのです。

お久の心に打たれた長兵衛は、ここまで来てようやく目が覚めます。慌てて遊郭に駆けつけて遊郭の女将に頼みこみ、「来年の大晦日までに返済すれば、お久には客を取らせない」という温情つきで五十両を借金。「左官に戻って真っ当に働き、身代金を返済しよう」と心を新たにして、家路へ向かいます。

ところが、帰り道の吾妻橋から今まさに大川に身投げしようとする若者を見つけて、事は思わぬ方向へ展開していきます。近江屋の手代の文七というこの若者、聞けば水戸屋敷での集金の帰り、スリに五十両を奪われたとか。長兵衛が「とにかく死ぬな」と言えば、「いえ、死ななきゃなりません」と文七。この押し問答の末、長兵衛は娘と引き換えに借りたばかりの五十両を叩きつけるように文七に渡し、立ち去ってしまうのです。

江戸っ子の気風(きっぷ)に満ちたストーリー

吾妻橋の上で、長兵衛が娘と引き換えに借りた大金を、見ず知らずの若者に気前よくあげてしまうシーン。ここが作品最大の見どころで、「自分も困っているが、もっと困っている人を見ると助けずにはいられない」という江戸っ子の厚い人情を感じずにはいられません。おかしいくらいまっすぐで正直な登場人物たちですが、このあたりに長きにわたって人気の演目である理由があるのかもしれません。

一方で、江戸っ子らしさはともかく、「かわいい娘の一生は一体どうなってしまうのか」といった冷静な視点も。落語家の間でも、吾妻橋の上で長兵衛が文七に金を与える動機についてはさまざまな解釈があり、落語家によって演じ方が変わるのも面白いところです。

五十両も娘も返ってきて、ハッピーエンド!

落語には「オチ」がつきもの。ここで話は終わりません。名前も知らない男から五十両をもらって命拾いした文七。仕事場の近江屋へ帰ると、スリに奪われたと思っていた金は、なんと水戸屋敷に置き忘れていたことが分かります。

翌朝、文七と近江屋は長兵衛のもとを訪れ、五十両を返却。続いて、長屋に到着した駕篭からはなんとお久が出てきます。近江屋の旦那が長兵衛の心意気に感動し、吉原の遊郭からお久を身請けしてくれたそうで、親子3人は泣いて大喜びです。これが縁で文七とお久は結婚。お店をかまえ、まげの根元を縛る紙製の細ひも「元結」を売り出したところ、これがヒットし「文七元結」と呼ばれる江戸名物となりました。

「情けは人の為ならず」——巡り巡って自分のところへ

見ず知らずの人を助けたことが巡り巡って身内のところへ戻り、ハッピーエンド! 人気落語の「文七元結」からひしと伝わってくるのは「情けは人の為ならず」という教訓です。

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