世情不安の中、心からお見舞い申し上げます。そんな中「茶堂」を訪ねていたいただいたことにこころから感謝申し上げます。

今、戸塚・善了寺は、新緑が美しい季節になりました。樹齢400年と言われている銀杏の木や、明治に植林された、樹齢150年の楠など、生き生きと芽吹いています。春の桜は、もう散ってしまいましたね。善了寺には、樹齢約400年の大きな山桜があります。今年も精いっぱい咲いてくださいました。この桜にも、また、新しいいのちが芽吹いています。

桜の花をみるといつも、親鸞さまのお歌を思います。

明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは

「今美しく咲いている桜を、明日も見ることができるだろうと安心していると、夜半に強い風が吹いて散ってしまうかもしれない」というこの歌は、親鸞さまが9歳の時に詠われたものとして、大切に伝えられています。

先日『気候で読む 日本史』(田家康 著 日経ビジネス文庫)という本を読んでいたら、古気候研究によって、この頃には「養和の飢饉」という災害が起こっていることがわかっているようです。著者の田家先生が、鴨長明の『方丈記』の記述を引用してくれています。

養和のころとか、2年のあひだ、世の中飢渇して、あさましきこと侍りき。・・・築地のつら、道のほとりに、飢ゑ死ぬもののたぐひ、数も知らず。採り捨つるわざも知らぬば、くさき香世界にみち満ちて、かはり行くかたちありさま、目もあてられぬこと多かり

『気候で読む 日本史』田家康 著 日経ビジネス文庫 109頁

災害のような厳しい現実を目の当たりにすると、自暴自棄になります。そんな私たちに、親鸞さまは、ちゃんと語りかけてくださいます。次に引用しますのは、親鸞さま、最晩年88歳の時のお手紙です。この年には、正元元年(1259年)~文応元年(1260年)、この年にも、天変地異、飢饉、そして疫病が蔓延したことがわかります。

何よりも、去年から今年にかけて、老若男女を問わず多くの人々が亡くなったことは、本当に悲しいことです。

浄土真宗聖典 親鸞聖人御消息 恵信尼消息(現代語版)』本願寺出版社 刊 60頁

と書きはじめられています。今私たちは、人の死苦や病苦を数字で見ることに慣れすぎていないでしょうか。「本当に悲しいこと」だと受け止めていく大切さをお示しくださいます。そのうえで、

けれども、命あるものは必ず死ぬという無常の道理は、すでに釈尊が詳しくお説きになっているのですから、驚かれるようなことではありません。

『浄土真宗聖典 親鸞聖人御消息 恵信尼消息(現代語版)』本願寺出版社 刊 60頁

お釈迦様は、この世で悟りを開かれた仏さまです。私たちが、いのちのはかなさを感じ、自暴自棄になってしまう時、すでに仏さまがお説きくださっていると、自分一人で抱え込まないで、仏さまのお導きをいただきながら、驚かないでくださいとお示しくださいます。

「不安や恐れをあおる言葉に惑わされないで、仏さまと共に、いのちを慈しみ悲しみを粗末しないはたらきの中で、冷静に受け止めていきましょう」と呼びかけてくださっています。

他の記事でも、その一部を引用させていただいている「私たちの誓い」は、今ここに、親鸞さまが、法然さまが、私たちと共に苦難の中、を歩んでくださる中で、お聞かせ頂くものだと思います。ご一緒に、聞かせて頂きましょう

生かされていることに気づき
日々に精一杯(精いっぱい)つとめます
人びとの救いに尽くす仏さまのように

お念仏を称え、私たちのためにお名のりくださった、阿弥陀如来様の大慈悲のはたらきを聞かせて頂くとき、その尊い恵みにつきうごかされて、私もこの道を歩みたい。遅々として進まぬおぼつかない歩みでも。親鸞さまが、法然さまを、仰がれたように。