平和フォーラム2009「おかげさまからつなげる世界」の動画から、サティシュ・クマールさんのシンポジウムでのお話が一般公開されました。公開にあたって、ナマケモノ倶楽部世話人の辻信一先生が、再度翻訳を行なってくださいました。今回、その翻訳の前回の続きを、下にご紹介させていただきます。

実は、先日ご紹介させて頂いた、「ウィルスの次にくるもの」という動画についての投稿に、このシンポジウムの部分の発言から、文字おこしをさせて頂いています。サティシュさんの発言の文字おこしと、今回の辻先生の翻訳を比べて頂きながら、見て頂くと、とても示唆に富んだ学びがあると思います。

「どちらが正しいのか」という評価をすぐしてしまう「思考の癖」をちょっと脇に置いて、共感の芽を育ててみたいものです。

動画の中の辻先生は、ライブで同時通訳という大役をされています。サティシュさんの息づかいを間近に感じながら翻訳されているのです。ライブの中で生まれてきた恵まれた言葉です。そして、今回は、あらためて、この時代だからこそ、サティシュ・クマールさんのメッセージを伝えたいという思いに共感してくださる中で、翻訳してくださった言葉です。

二つの翻訳に出会うことで、今の私たちに2009年の言葉が、2020年の今ここに、時を超えて、語りかけてくださいます。過去は、単なる記録ではありません。思い出は、単なる過去の出来事ではありません。

もう戻れないからと言って、自暴自棄になることはありません。過去からの大いなるつながり中に起こる事実は、今を支え、未来をつくる大きな力です。「懐かしい未来」をつくる力になると思うのです。

是非、今この時だからこそ、私たちに語りかけてくれている……そんな素敵な言葉との出会いを。

サティシュ・クマールさんからのメッセージ

戦いでは何も解決しません 慈悲と信頼の時代へ

平和の原理は慈愛と非暴力

「正義justice」という考えは仏教にはありません。私にもありません。「正義は我にあり」や「私は正しい」というのは狭い考え方です。ある人の正義は、他の人の不正義でありうる。この正義という考えの上に平和を築くことはできません。
「私が正しい」とか「あなたは間違っている」とかというのは主観です。結局のところ、誰が正しく、誰が間違っているかを客観的に判断する基準はないのです。
私にとっては、慈愛compassionと非暴力non-violenceこそが平和の二つの至上原理です。正義は政治的なゲームで使われる言葉に過ぎません。

恐怖のタネではなく、信頼のタネを育てましょう

戦争の原因と恐怖の原因は同じです。私があなたを他者として、切り離されたものとして見る、その時に恐怖は生じる。もし私があなたをつながるものとして、兄弟、姉妹として見る時、恐れはありません。あなたを、アルカイダ、タリバン、イラン人などと呼ぶ時、私はあなたを兄弟姉妹としてではなく、「他人」と見ているのです。それが恐怖の種です。

もちろん、怒りや欲望も人間の本性の一部です。恐怖の種子も私たちの中にある。でもだからといって、社会はその種子に水をやって育てなくてもいいのです。社会は恐怖の代わりに、信頼をこそ励まし、育てるべきです。

私の恐怖は他者の恐怖を励まし、育てる。恐怖は恐怖を生む。逆に、私があなたを信頼すれば、あなたも私を信頼する。信頼は信頼を生む。

恐怖の原因はつながりの欠如にあります。とすれば、その恐怖から抜け出す方法は、「全てはつながっている」ことに気づくことです。

Give Peace a Chance!

「ブッダとテロリスト」という物語がありますが、そのテーマは、あなたに敵対する人、“敵”とされている人と話をする、ということです。友だちと話をするのは誰でもできますね。でも、“敵”と話をする、そして敵対関係に終止符を打つことに双方が納得できるところまでもっていければ、あなたは本当のピースメーカーです。

同様に、社会全体が平和であるためには、これから起こるかもしれない全ての対立、全ての問題は交渉によって、非暴力のコミュニケーションによって解決されねばなりません。20世紀は戦争の世紀でした。21世紀は平和の世紀にしましょう。私たちはたくさんの戦争を見てきました。でも、戦争が問題を何一つ解決できなかったということを、私たちは知っています。

さあ、Give Peace a Chance — 平和の出番です!

サティシュ・クマール講話:平和フォーラム2009「Be the Change おかげさまから つながる世界」 from ナマケモノ倶楽部-the sloth club on Vimeo.