戸塚・善了寺の境内で、数年前から毎年、和綿を無農薬で育てていました。

毎年、茶堂でも和綿の育ち具合や、収穫した和綿の加工の様子を書かせていただいていました。

毎年の和綿育成の流れ

和綿を育て、収穫し、加工する流れは、このような感じです。

(1) 毎年、草むしりから始まり、和綿の種を撒き(そして、草むしり)
http://www.chadeau.com/19060301

(2)芽が出てきたら間引く(そして、草むしり)

(3)花が開き、実がついてくる(そして、草むしり)
http://www.chadeau.com/18100201
http://www.chadeau.com/19102502
http://www.chadeau.com/19081801

(4)綿を収穫して、綿の中の種を取る
http://www.chadeau.com/19021202

(5)綿打ちをして、篠(しの)をつくる
http://www.chadeau.com/19030501

(6)糸を紡いで、かせを作る
http://www.chadeau.com/19041801

(7)かせを精錬し糊付けし、乾かすし、糸ダマにして、一針一針かぎ針で編む
http://www.chadeau.com/20052701

日暮らしの尊さ

和綿の育成は「無農薬の和綿から糸を紡いで打敷(お仏飯の下に敷くコースターのようなもの)を作りたい。」と考えて、始まりました。

いざスタートしてみると、草むしりでは蚊に刺され、年によっては撒いた種のほとんどが枯れてしまったりもしました。収穫してみると、1年分の収穫では量が足らず、毎年少しずつ和綿を貯めていました。ある程度、量が貯まったところで、次は糸の紡ぎ方が分からずという状況でした。また紡いだ先からブチブチ切れまくり、最後は一針一針編んでは、ほどいて、また一針の繰り返し……。

和綿の打敷をつくることは、大変なことでした。決して「消費」という一言では言い表せない営みでした。

不便と便利、遅いと早い、非効率と効率。二つの考え方を対立させて考えがちですが、行ったり来たりしながら、学ぶことも、とても大事なことだと思いました。

 

ガンジーさんは、「糸つむぎこそ、インドを救う。インド独立のために、ただひたすら糸を紡ぎましょう」と民衆に呼びかけました。機械化でなく民衆の手で衣の自給を訴えました。

一年間、土から始まり、小さな生地として、聖徳太子さまの前をお荘厳させて頂いたとき、ガンジーさんのコトバは、単なる記録としての過去の出来事ではなく、このコロナ禍だからこそ、いのちの尊厳を護るコトバなのだと思いました。

日暮らしは、糸紡ぎだけではありませんが、日暮らしの一コマ一コマの尊さを実感しました。

戸塚・善了寺 坊守 合掌